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東京高等裁判所 昭和58年(う)1843号 判決 1984年7月09日

本籍・住居

神奈川県横浜市中区本牧三之谷九五番地

会社役員

馬場力

昭和五年三月二八日生

右の者に対する常習賭博、所得税法違反被告事件について、昭和五八年一一月九日横浜地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官鈴木薫出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人春田昭名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官鈴木薫名義の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、原判決の量刑は罰金の額を四、〇〇〇万円とした点で重過ぎて不当である、というのである。

そこで、記録を調査し当審における事実取調べの結果を併せて検討すると、本件は常習賭博一件及び虚偽過少申告による一年度分の所得税逋脱の事案であるが、まず、所論のいう罰金刑の基礎となった税法違反についてみると、逋脱所得税額は約一億一、〇〇〇万円であって多額であり、正規の所得金額に対する申告率約八・二パーセント、正規税額に対する申告率が約二・六パーセントに過ぎず税逋脱の割合は九七パーセントを超える高率であり、更に逋脱の動機は二つの有限会社を経営するほかゲーム機を付設した飲食店を経営すると共にゲーム機の賃貸業等を営んでいた被告人が、ゲーム機による営業的賭博の発覚を妨げ、かつ、自己の財産上の利益を図ることにあり、逋脱の方法も確定申告に際し前記会社から得た給与所得はすべて申告したものの、前記飲食店及びゲーム機賃貸等の営業による事業所得は、その極く一部を飲食店二店舗の賃貸による不動産所得として申告したのみでその殆どすべてをことさら秘匿しているものであって、被告人の納税意識は稀薄であるといわざるをえない。次に、常習賭博についてみると、被告人は、昭和五七年五月に右店舗の一つにおけるポーカーゲーム機使用の常習賭博について捜査が行われ、その店舗担当の責任者等が検挙されたことがあったのに、捜査が被告人自身に及ばなかったのに乗じて新たな責任者を置くなどして、ポーカーゲーム機等を付設した飲食店経営を継続して本件に及んだものであって、その犯情は悪質である。また、被告人は昭和四六年に飲食店に付設したビンゴマシンを使用した賭博罪により罰金刑に処せられたほか、昭和三二年までに強、窃盗罪により四回、昭和三七年に麻薬取締法違反の罪により一回懲役刑に処せられたことがある。これらの諸点にかんがみると被告人の罪責を軽視することはできない。被告人がその後十分反省し、所得税修正申告をして逋脱本税額全額を完納していること、なお多額の延滞税、重加算税を支払わなければならないこと、今後は適正な納税をする決意をしていること、また本件常習賭博により検挙されたのを機会に営業的賭博を止める決心をして、所有するすべてのゲーム機の所有権を放棄し、ゲーム機を設置していた各店舗における営業を廃業するとともに、一つを除くその余の店舗は売却済であり、残る一つも売却予定であることなど、所論の指摘する被告人に有利な事情を十分斟酌しても、被告人を懲役二年に処してその執行を三年間猶予すると共に罰金四、〇〇〇万円(逋脱額の約三六・二パーセント)を併科した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 小田健司 裁判官 阿部文洋)

○ 昭和五八年(う)第一八四三号

控訴趣意書

常習賭博、所得税法違反 馬場力

右被告人に対する頭書被告事件につき、昭和五八年一一月九日横浜地方裁判所が言渡した判決に対し、弁護人が控訴の申立をしたが、その趣意は次のとおりである。

昭和五九年一月一九日

川崎市川崎区宮前町八番一三号

右弁護人 春田昭

東京高等裁判所第一刑事部 御中

第一審判決は公訴事実のとおり、

一 被告人は常習として久慈孝らと共謀の上、昭和五八年三月一八日、横浜市中区相生町五丁目八六番地所在珈琲アンドレストラン「クリスタル」店舗内において

1 賭客である関一他一名を相手に、同店舗内に設置したポーカーゲーム機械を使用し、右関らと現金をかけ、盤上に表示される五枚のトランプカードの組合せいかんにより勝負を争う方法による賭博をして金銭の得喪を争い

2 賭客である渡部正幸を相手に、同店舗内に設置した麻雀ゲーム機械を使用し、右渡部と現金を賭け、盤上に表示される一四個の麻雀牌の組合せいかんにより勝負を争う方法による賭博をして金銭の得喪を争い、

武山晶次と共謀の上、前同日、同町二丁目五二番地所在飲食店スナックバー「オルゴール」店舗内において、賭客である高橋春夫を相手に、同店舗内に設置したポーカーゲーム機械を使用し、右高橋と現金を賭け、盤上に表示される五枚のトランプカードの組合せいかんにより勝負を争う方法による賭博をして金銭の得喪を争い

もって賭博をしたものである。

二 被告人は、横浜市中区相生町五丁目八六番地ほか三か所に店舗を設け、「クリスタル」等の名称を用いポーカーゲーム機を設置した飲食店を営むかたわら同ゲーム機の賃貸業等を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れることを企て、収入の一部を除外して仮名預金に預入するなどの不正な方法により所得を秘匿した上、昭和五六年分の実際の総所得金額が一億七、二八三万四、九二八円で、これに対する所得税額が一億一、三五二万六、七〇〇円であるにもかかわらず、昭和五七年三月一一日、横浜市中区山下町三七番地九号所在の所轄横浜中税務署において、同税務署長に対し、同年分の総所得金額が一、四一三万円で、これに対する所得税額が二八九万二、八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により所得税一億一、〇六三万三、九〇〇円を免れたものである。

と認定し、被告人に対し懲役二年、三年間執行猶予、罰金四千万円(一日換算金一〇万円)の判決を受けましたが、左記の理由により、右罰金刑は量刑重きに失しますので、原判決を破棄せられ、右罰金刑を軽減せられるのが相当と思料いたします。

理由

第一 被告人は二〇数年前に懲役の前科がありますが、その後は罰金刑があるのみで今日までまじめな社会人として働いてきたものであります。

第二 本件犯行の動機については同情すべきものがあります。

即ち、被告人は八年前頃よりワトソン・エンタープライズ有限会社の商号にてホットドックの製造販売をなし、又五年前頃より有限会社リキサルーンの商号にて高級輸入雑貨類の小売業(現在休業中)をなしていましたが、営業成績が悪く、そのため個人的借金が約三千万円程出来てしまい、その返済に困感していたところ、友人達にすすめられ本件ポーカーゲームを設置した飲食店を個人にて営業し、その利益から借金の返済をしようと考えて本件賭博行為を営業したものでありまして、その動機においては同情すべきものがあります。

第三 売上除外金のうち被告人自身が費消したのは僅少であります。

即ち、本件賭博行為により得た売上金から「クリスタル」、「サンシャイン」、「ハーバーライト」の営業権利を買受け、(「オルゴール」と「ベラミ」は約一〇年前にその営業権利を買受けていたものである。)且つ又、ポーカーゲーム機械等を仕入れたり、店舗の内装及び従業員の賞与等に売上金を使い、被告人個人にて費消したのは自宅借入資金の金壱千万円、手持預金約二千万円のみであります。

第四 ほ脱の方法はきわめて幼稚な単純なものであります。

即ち、ほ脱の方法はいわゆる売上除外でありますが、その売上除外の方法についても二重帳簿を作成するわけではなく、単純に売上除外のためのメモ程度の雑記帳等によって売上除外金を記入していただけのごくありふれたものに過ぎず、二重帳簿を作って計画的にするような悪質なほ脱行為をしたものではなく、その手段方法たるや誠に初歩的単純なものに過ぎないものでありまして、ただ管理方法が仮空名義にて預金する方法を取ったのみであります。

第五 再犯防止のため、今後は税理士の厳重な監督の下に営業をしているものであります。

即ち、被告人は二度と本件のような脱税事件を犯さず、その防止をするため、現在被告人が経営しております前記二社の顧問税理士に個人の所得についても今後は厳重にチェックをしてもらっており、同税理士の許可のない限り、支出等は出来なくなっており、再犯のおそれは全くないものであります。

第六 被告人は自ら修正申告をなし、個人財産の全てを売却し、所得税の全額及び地方税の一部を納入したものであります。

即ち、本件事件発覚後、被告人は積極的に査察官、検察官の取調べに応じかつ資料を提供し、国税局の指示どおり所得税修正申告をなし、被告人においては全ての個人財産を売却し(個人の自宅は現在住宅ローン毎月三〇万円の返済をなし、且つ又該建物、土地を担保にして横浜信用組合より金六千万円を借入し、所得税の納入に充当している)所得税の納入を全て終了し、いわゆる国家の租税債権被害は完全に回復されているものであります。

即ち、

(一) 「クリスタル」、「ベラミ」の両店を昭和五八年八月一日に各三千五百万円合計金七千万円で売却し、同年九月三〇日より毎月金三百万円づつ分割にて受領することにしました。

(二) 「ハーバーライト」は同五八年五月二〇日に金二千万円にて売却しました。

(三) 「オルゴール」は同五八年一〇月一日に金二千五百万円にて売却しました。

(四) 「サンシャイン」は現在売却依頼をしており、近く売却予定であります。

(五) 個人の自宅と土地を担保に同五八年三月一六日横浜信用組合より金六千万円を借入れました。

第七 所得税、市県民税、事業税の納入は次のように予定しております

即ち、

(一) 自宅の土地建物を担保にして借入れた金六千万円と個人手持預金二千万円と「ハーバーライト」売却の金二千万円のうちの金五百万円、合計金八千五百万円にて同五八年五月二七日所得税金八千五百万円を納入しました。

(二) 「オルゴール」を売却した金二千五百万円と「クリスタル」「ベラミ」の分割売却金三百万円のうちの金六拾余万円とを合せて合計金二五、六三三、九〇〇円の所得税を同五八年一〇月一八日に納入し、所得税は全額納入しました。

(三) 「ハーバーライト」を売却した金二千万円のうちの金一千万円にて市、県民税の一部を同五八年五月二七日に納入しました。

(四) 「ハーバーライト」を売却した金二千万円のうちの金五百万円にて事業税の一部を同五八年五月二七日に納入しました。

(五) 「サンシャイン」が売却されれば、その売却金額にて残余の市、県民税、事業税を直ちに納入しますが、それまでの間は「クリスタル」「ベラミ」の分割売却金三百万円(売却金七千万円の分割支払金)のうち金一五〇万円は銀行借入金返済に充当し、残金一五〇万円にて残余の市、県民税、事業税、国税延滞税等を分割にて支払う予定であります。

第八 しかしながら、まだ所得税、市、県民税、事業税の延滞税(又は延滞金)重加算税は相当額残っております。

即ち、国税だけでも延滞税金一三、〇九二、九〇〇円重加算税金三三、一四二、五〇〇円合計金四六、二三五、四〇〇円の多額が未払いになっております。

右の如き多額の延滞金等はたとえ「ベラミ」が売却されてもその代金ではその一部にしか充当できず、本件の罰金刑の金額を相当額減額されねば被告人自らが労役場に入ることになり、実刑を受けたと同様の状況になるものであり、裁判所におかれましては特にこの点充分の考慮をせられたく切望する次第であります。

第九 被告人は現在質素な生活をしているものであります。

即ち、被告人は現在賭博行為をした五店舗全てを閉店し、前述の如く一店舗を除き(これも近く売却予定であります)全て売却し、現在はワトソン・エンタープライズ有限会社の商号にて営業しているハンンバーガー・ホットドックの店の収入が夫婦で合計月給五五万円受領し、そのうち金三〇万円を自宅のローンに返済し、残金二五万円にて質素な生活をしているものであります。

第十 今後の被告人の決意は次のとおりであります。

即ち、被告人は今後は本件賭博行為は勿論、ほ脱行為やいかなる犯罪もせず、まじめな社会人として働くことを誓っており、その改悛の情においては顕著なものが認められるものでありますし、現在店舗は全て売却(一店舗も近く売却予定)し、二度とこの様なことはしないと考えられ、ほ脱についても担当税理士の厳重な監督の下に営業しておりますので、再犯のおそれは全くないものであります。

第十一 結論

被告人は前記五店舗全店を廃業し、現在はワトソン・エンタープライズ有限会社より受ける月給金五五万円にて(うち金三〇万円は住宅ローン返済分)質素な生活をしており、この被告人に対し一審判決の如き罰金四千万円に処することになると、罰金刑が支払えず、労役場に留置されることになり、被告人の収入のみにて生活している被告人の家族は、一家の主柱を失い路頭に迷うことは明らかであります。

又、今現在市、県民税、事業税の一部は未納入になっており、且つ又高額な延滞税、重加算税が残っており、被告人に過酷な罰金刑を科すると労役場に入ることになり、諸税の納入の計画は破れてしまい納入が不可能になってしまいますので、むしろ被告人に対する罰金刑を軽減し、労役場に留置しないですむようにさせ、この会社において充分働かせ、且つ又諸税の納入等をさせながら、被告人の家族と共に被告人を更生させることの方が得策と思料しますので、何卒被告人に対する罰金刑を軽減せられたく、弁護人は切望する次第であります。

以上

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